温熱療法
はじめに
病院やクリニックなどで、主に疼痛の抑制や組織の粘弾性にアプローチする為に用いられるのが温熱療法です。
温熱療法は物理療法の手段の一つで、実際に実施されている物理療法の種類として最も多く用いられている手段です。
温熱療法には様々な手段があり、その一つ一つが目的とする組織や効果などに違いがあるものです。
今回はそんな温熱療法の基本をもう一度見直し、現場でのリスク管理などに活かしていきましょう。
温熱療法の効果と作用
温熱療法を用いることで以下のような効果が得られるとされています。
以下にその効果がどのような作用で得られるのかを踏まえて説明していきたいと思います。
温熱に関しては世の中に様々な効果がうたわれており、全て紹介しきれませんが理学療法士として患者さんに温熱療法を実施する際に関係の深い効果を4つご紹介していきます。
鎮痛作用
温熱療法を実施する上での目的の上位に入るのが疼痛の抑制です。
我々が学生の頃は疼痛が軽減するメカニズムとしてゲートコントロールシステムというものが教えられてきました。
ただし、鎮痛作用をもたらす機序としてはそれだけでは説明できない(それだけではない)ようで様々な説があるようです。
温熱療法による鎮痛作用に関与するメカニズムとして
・疼痛閾値の上昇
・筋スパズムの減少
・血流の改善と疼痛物質の除去
が一般的に言われています。
組織粘弾性への効果
温熱療法により、温度が上昇した組織は伸長性が向上することが知られています。
また、温熱療法後は神経への作用により一時的に筋緊張の緩和、筋出力の低下が起こることが報告されています。
組織の伸長性が高い状態、そして筋緊張がリラックスしている状態ですので温熱療法はしばしばストレッチの前処置として用いられます。
神経への効果
温熱効果により神経伝達速度は上昇します。
温熱療法は神経の作用により、疼痛の閾値(痛みを感じるライン)を上昇させるといわれています。
痛み刺激に対して疼痛を感じるレベルが上がる為、今まで感じていた痛みの刺激では閾値を下回ってしまい感じにくくなるということです。
また結果として筋収縮に大きく作用するα運動ニューロンの動きが抑制されることで筋スパズムが低下すると言われています。
循環への効果
温熱療法を実施することで血管は拡張作用を起こします。
血管が拡張することで血流量は増大します。
お風呂に入った後など全身レベルの話でいうと、血管拡張作用、心拍出量の増加から結果全身の血流量増加に至ります。
ただし、この効果を考えた際は注意が必要です。
心肺系のリスクを抱えている方にとってはむやみやたらに心拍出量を挙げ心負荷をかけることは避けたいところです。(心臓の悪い方を入浴させるのはリスクがあると考えると分かりやすい)
局所的なリスク管理としても動脈硬化や循環障害の強い部分への適応は状態を悪化させる可能性がありますので禁忌とされています。
温熱療法の種類と禁忌事項など
冒頭でもご紹介したように温熱療法には様々な手段があります。
その方法一つ一つに効果やリスクの違いがあります。
方法論の選択は以下のような基準で決まりますので、ここでは選択方法の基準と現場で見ることの多い代表的な各種温熱療法の特徴と方法、リスクの基本的な部分を見直していきましょう。
各種療法の選択の基準について
患者さんによってどの療法を用いるのかを選ぶ基準として代表的なものは以下の2つです。
基本的な部分ですが、非常に重要ですのでおさえておきましょう。
・効果を及ぼす組織の違い(深達度)
それぞれの方法には熱が伝わる深さ(深達度)が異なります。
伝導熱を使ったホットパックによる温熱の深達度は1㎝程とされており皮膚温の向上や浅層をターゲットとします。
それに対し、エネルギー変換熱で温めるマイクロ波の場合は、深達度は3~4㎝に至るとされており、より深い位置の組織である筋や軟部組織などにも効果があります。
このように患者様の温熱を加えたい組織はなんなのかによって方法の選択肢が変わります。
・リスク管理の違い
それぞれの方法には禁忌事項と呼ばれる絶対に行ってはいけない対象者や、注意事項が存在します。
例えばマイクロ波療法においては『金属部分への実施』が禁忌事項とされていますので人工関節が入っている患者さんはNGとなります。
患者さんの既往歴や患部の状態によって避けるべき手段があるのは理解しておかなければなりません。
最もポピュラーなホットパックにも禁忌事項はありますので必ず理解した上で温熱療法を実施しましょう。
ホットパック
①概要
ホットパックはシリカゲルという素材を布で包んだものをハイドロコレーターという機械で熱して使うものです。
その温度は約80℃ほどの温度で使用するのが一般的です。
タオルやビニールで包んだものを使用して患部を温めます。
②実施方法
湿熱を使って温める場合はホットパックをそのままタオルで包み実施します。
湿熱はのちにご紹介する乾熱に比べ温度の上昇速度は速いものの、終了後は蒸気により温度が下がりやすいといわれています。
一方乾熱はビニールに包んでから温める為、衣服をぬらさず実施することができます。
薬局などでは市販のもの(電子レンジで温めるタイプのもの)も販売されており、自宅で使う方も増えてきました。
③対象とする組織と効果
深達度の部分でも触れたようにホットパックの深達度は1㎝程度と言われており、表皮や浅層の筋には有効です。
一方深部にある筋肉をターゲットにするには適していないと言えます。
一般的には腰部や肩甲帯などに使用されます。
④禁忌事項
急性期の炎症(強い腫脹など)や悪性腫瘍、感覚障害、循環障害や皮膚疾患となります。
パラフィン
①概要
ろうそくの『ろう』のような液体を50℃~55℃に専用の機械で温め、その中に患部を浸すことで温熱療法を行うものです。
パラフィン自体は熱伝導が少ないため、皮膚自体が熱さを感じにくく、感覚としては生暖かい感じになります。
パラフィンは液体に患部を入れるため、湿熱と思われがちですがパラフィン自体に水分はないため乾熱に分類されます。
②実施方法
手を温熱する場合、一般的にはパラフィンの中に手を浸し固まってから何度かパラフィンの中に繰り返し手を浸します。
これを繰り返すことでパラフィンの層を何重にも重ね手袋のような状態を作ります。
注意点としては1回目、2回目と浸す深さを徐々に浅くしていくことです。
この作業が完成したらビニール、タオルで巻き保温を行い20~30分間温めます。
③対象とする組織と効果
効果や対象組織としてホットパックと大きな差はありませんが、ホットパックは患部を広く温めるメリットがある分小さな部位や凹凸のある部分への温熱は適していません。
パラフィンは特に手指や足のような細かい部分や凹凸のある部分にまんべんなく保温効果をもたらすため、ホットパックと使い分けを行うことができます。
④禁忌事項
パラフィンの禁忌事項はホットパックと同様です。
超極短波(マイクロウェーブ)
①概要
電磁波をあてることで患部を温熱する方法で、電子レンジとほぼ同じ理論が使われています。(2.45GHz、12.5㎝)
マイクロウェーブは患部の組織間で振動を起こし、摩擦熱が生じることで温める仕組みになっており、より深部の組織を温めるのに効果があります。
機械をの扱いも比較的簡単なため、実際の現場でも使用されることが多い方法です。
②対象とする組織と効果
ホットパックやパラフィンと比べて3~4㎝の深達度を持ち、深層の組織を温熱することができます。
③禁忌事項
ホットパックなどと禁忌事項が異なりますので注意しましょう。
急性炎症や悪性腫瘍、感覚が低下している部分への実施は同じく禁忌ですが。
加えて湿布や絆創膏のある位置や妊婦の腹部、小児の骨端部位や生理中の女性の腰部、腹部への実施、眼球や睾丸、金属への実施がありますので注意しましょう。
特に金属に関してはネックレスやアクセサリー、衣服の装飾など体の外部、人工関節など生体内に金属が入っていないかをしっかりと確認して実施することを意識しましょう。
最後に
このように温熱療法は正しい手段で実施すれば多くの効果がのぞめる有効的な手段です。
しかし実際の現場ではリハビリを行う前の前処置としていわばルーティンのように温熱療法を行うところもあるようです。
患者さんに直接外部的な刺激を加える温熱療法は選択を間違えると大きな事故や患者さんに不快な思いをさせる原因にもなりかねません。
効果的だからこそ、リスクもあることをしっかりと意識し患者さんに最適な方法を選択する事が重要ですね。